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2009年01月13日

能、狂言の歴史

初めてしりました。
ぜひ一度お目にかかりたいです。

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能、狂言
能や狂言は、能舞台で上演される。ここでは明治以降に成立した能楽堂の様式に基づいて説明する。

主舞台となるのは柱に囲われた三間四方の板張りの空間。向かってその右側には、地謡座(じうたいざ)と呼ばれる場所があり、シテ(主役)の演技に会わせて合唱をする地謡が座る。主舞台の奥には後座(あとざ)があり、楽器の演奏者である囃子方(はやしかた)が位置する。さらにその奥は鏡板(かがみいた)と呼ばれる老松の絵が描かれた壁がある。後座の向かって左側には橋掛りと呼ばれる廊下がある。ここで演技が行われることも多い。橋掛かりの前には、主舞台に近い順に、一の松、二の松、三の松と呼ばれる松の若木が植えられている。橋掛かりの奥には、揚幕(あげまく)もしくは切幕(きりまく)という幕越しに、鏡の間と呼ばれる部屋がある。

いわゆる能舞台が定着したのは室町時代末期頃と考えられている。それ以前、即ち現在の能が成立する以前は、神社内の建築物や芝生、屋外に仮設置された舞台などで演じられた。舞台が屋内に入ったのは明治時代からで、この屋内型の能舞台にも屋根があるのは、能が屋外で演じられていた頃の名残である。現在各地で薪能が盛んになり、屋外での公演がなされているので、以前の能の雰囲気も知られる。

能舞台は細かく様式化されており、柱一本一本や地謡座・後座内の位置などに全て名称が付けられているが、ここでは省略する。舞台の下の地面には数個の甕を埋めて、音響効果の工夫がしてある。

古い神社などに残るものや、新設された屋外型の能舞台も、主舞台があり橋掛りがある空間の基本構造はほぼ上述の能舞台と同様である。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』

2008年02月13日

キンチョールの正式名称

こんな長い社名だったんですね。。

大日本除虫菊株式会社(だいにほんじょちゅうぎく、Dainihon Jochugiku Co.,Ltd.)は、大阪府大阪市西区土佐堀一丁目4番11号に本社を置く、殺虫剤など衛生薬品の製造・販売を行っている日本の日用品メーカー。「金鳥=KINCHO(きんちょう)」の商標名で知られる。正式な社名より商標が浸透している状態であるが、創業のきっかけを忘れないため、「大日本除虫菊」の社名は堅持している。自社の製品で多くの害虫を退治している事から、毎年1月に業界団体である「日本家庭用殺虫剤工業会」が虫供養を実施している。

企業スローガンは「昔も今も品質一番」。なお、登録商標名の金鳥とは、同社発売の蚊取り線香の銘柄に因んでおり、シンボルマークに描かれている鶏の事である。この鶏は故事成語である「鶏口となるも牛後となるなかれ」という有名な諺から採られたものであり、業界の先駆者として品質などあらゆる面でトップに立て、という創業者の願いが込められている。また、鶏の胸の辺りには創業者の「上山」の判子を模したロゴが入っているのも特徴である。金鳥蚊取線香は東南アジア地域などでもシェアは高く、ほぼ日本と変わらぬパッケージで市販されている。

1885年:和歌山県でみかん農園を営んでいた創業者の上山英一郎(うえやま えいいちろう)を、慶應義塾大学時代の恩師・福沢諭吉の紹介でアメリカ・サンフランシスコの植物会社社長のH・E・アモアが訪れる。珍しい植物種苗の交換を約束
1886年:アモアより、ビューハク(除虫菊)を含む各種の種苗が届く
1887年:除虫菊の第一回収穫、試験的に除虫菊を製粉
1890年:蚊取り線香「金鳥香(きんちょうこう)」発売、発売当時は仏事用線香のような棒状だった
1902年:渦巻き型蚊取り線香発売
1905年:「日本除蟲菊貿易合資会社」設立
1910年:「金鳥」の商標を登録
1934年:「キンチョール」発売
1935年:社名を「大日本除蟲菊株式会社」に変更
1967年:金鳥蚊取り線香のテレビCMに歌手の美空ひばりを起用
1970年:ワンタッチぞうきん 金鳥「サッサ」発売
1973年:金鳥「蚊取りマット」、金鳥「電子蚊取り器」発売
1980年:使い捨てカイロ金鳥「どんと」発売
1983年:タンス用防虫剤「ゴン」発売(ピレスロイド成分の防虫剤としては世界初)
1990年:キンチョウリキッド 発売
サンポール(株)(旧:日本電酸)の経営を譲り受ける
1997年:タンス用防虫剤ゴンゴン 発売
アメリカ・クロラックス社の「コンバット」シリーズと家庭用クリーナーの販売権を取得
2003年:「蚊に効くカトリス」発売
2005年:住友製薬より大衆薬販売子会社・住友製薬ヘルスケアを買収、同社はダンヘルスケアに社名変更
(以上、ウィキペディアより引用)

独特のCMは有名ですよね。

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2008年01月09日

最強の球種です!

全盛期の佐々木のフォークは絶対打てません。。

フォークボール (fork ball) は、野球で、投手が投げた球が打者の近くで落下する変化球。ボールの握りが食事のときのフォークで挟んだように見えることからこの名前がついた。略してフォークともいう。

フォークボールは一般に落ちる球種だと思われているが、これはバックスピンによって発生する揚力により落ちにくい球種であるストレートボールに比較して、相対的に落ちていることを意味する。フォークボールは揚力をほとんど生じず斜方投射に近い運動をする。後述のように握ったときの縫い目の位置等で数種類のフォークボールを操る投手もいる。

代表的な投げ方は人差し指と中指の間にボールを挟み、ストレート(直球)の様に投げるが、リリース(球を離す瞬間)時は手首の関節は動かさず、指の間からボールを抜くようにして投げる。これによってボールの縦回転を殺しつつ僅かな横回転がかかり、バッターの近くで鋭く落下する。その握りと変化から暴投や捕逸を起こしやすい球種で、村田兆治は通算暴投数148回を記録している。そのため、三塁にランナーがいる場面では多用はできないのが定説である。またフォークの握りで投げて投球ミスやコントロールミスをした場合によく「フォークのすっぽ抜け」と称される(杉下茂は「フォークは元々すっぽ抜くもの」という考えからこの表現を嫌っている)が、これは握力が不十分だとボールが挟んだ指の間から投手の意図に反して滑り抜けてしまう事が多いためである。逆に、抜けることを逆手に取りチェンジアップに応用する投手もいる。

横浜ベイスターズやシアトル・マリナーズで投げた佐々木主浩のフォークはその変化の大きさから有名で、ボールが打者の捉えたと思ったインパクトの瞬間にバットの下にくぐり込むため、松井秀喜が語った所だと、消えるような錯覚を覚えるとの話である。また、日本人大リーガーのパイオニア、野茂英雄は2種類のフォーク(縦に落ちるものとシンカー気味に右下に落ちるもの)を投げ分けることが知られ、上原浩治は横変化でスライド気味とシュート気味に落ちるもの、落差では小さいものと大きいものの4種類を操るなど、同じフォークと称される球種でも変化は多彩である。中には杉下茂、金剛弘樹のように横回転をも殺してほぼ無回転なボールを投げる投手がおり、その弾道はナックルボールのように左右へ揺れながら落下するものである。杉下は、フォークボールはナックル系の球種であるとの考えからこれをフォークとし、一般的な日本人選手がフォークとして投げているものをスプリットフィンガード・ファストボール(SFF)と呼んでいる。
(以上、ウィキペディアより引用)

名前の由来は本当のフォークからなんですね!

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2007年11月26日

動物の種類

分類の仕方はこんな風になっているんですね。

本当にびっくりしました。


「肉食動物」という語は誤解されやすいが、一般的に「肉食動物」とは、特に他の恒温動物(哺乳類・鳥類)を捕殺してその「肉」を摂食する動物ということではない。特に草食・肉食という二分法(あるいはこれに雑食を加えた三分法)においては、上記のとおり、肉食動物とは主に“動物性の食物”を採るものであるから、魚食や昆虫食の動物も、当然これに含まれる(広義の「肉食動物」)。即ち、例えばモグラもアリクイもカワウソもペリカンもクモもカマキリも肉食動物に分類される。食物連鎖では二次消費者以上の高次消費者となる。

草食動物の食べる植物質と比較して消化吸収の容易な肉や内臓、骨などを摂食するため、胃や腸等の消化器官自体の構造は単純であるが、食物に脂肪が多く含まれるので、胆汁の分泌などの脂肪の利用に必要な形質は発達している。栄養素の面からも、自分自身とよく似た生物を食べるのだから、比較的過不足なく摂取できる。

肉食動物が苦労しなければならないのは、むしろ餌の入手である。相手が動物であれば、なにがしかの運動性をもち、待避や防御といった行動を取るものがほとんどである。肉食動物は、それらを越える探索能力や捕獲能力を発達させなければならない。当然食われる方も待避や防御の能力を発達させるので、一種のいたちごっこ状態が生じる可能性がある。そこに赤の女王仮説が成立する土台がある。

餌のとらえ方は、大きくは探索-捕獲と進む型と、待ち伏せとがある。もちろん両方の間にはさまざまな中間がある。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)
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2007年11月01日

腎臓の主な機能

塩分の取りすぎは日々腎臓に負担をかけているんですね。
体が喜ぶ食生活をしたいです。


尿生成と排泄
腎動脈から送られてきた血液は、毛細血管を経由して腎小体(マルピーギ小体)に入る。 蛋白質以外の血漿成分は一度ボーマン嚢中に濾過される。その量は通過血液の10%で、濾過された液体は「原尿」と呼ばれる尿の原料となる。原尿は1日約170リットル作られるが、尿となるのは1.5リットル程で、残りは全て再吸収される。

原尿のうち有効成分(全てのグルコース、95%の水および無機塩類)は腎細管を経由、残り4%の水・無機塩類は集合管を経由し、再吸収されて腎静脈に戻り、再び身体の血流にのる。残った成分(尿)は腎細管を経て腎盂に集まり、尿管を経由して膀胱に排出される。水やナトリウムの再吸収量の調節は、遠位尿細管や集合管で行われ、抗利尿ホルモン(ADH)やアルドステロン、ANPなどのホルモンが関与する。

再生しやすい尿細管に対し、糸球体は損傷しても再生しない為、機能不全や損傷に陥った場合は塩分及びカリウムの制限、人工透析が必要となる。現代人は腎臓に負荷を与える塩分摂取量が多いため、負荷がかかりやすく、知らず知らずのうちに腎臓にダメージを与えている場合がある。


内分泌
腎臓には内分泌作用がある。まず腎血漿流量の低下に反応して傍糸球体細胞よりレニンを分泌することでアンギオテンシン-アルドステロンを起こし、血圧、尿量を調節している。同時に、血管拡張作用を有するプロスタグランジンが産出され、腎血流の調節に関与している。これはアンギオテンシン?による血管収縮作用が腎動脈に及ばないように調節する意味がある。また、尿細管ではエリスロポエチンを分泌し、骨髄での赤血球の産生を働きかける。このため、腎疾患で尿細管が傷害されると貧血になることがある。また、副甲状腺ホルモンは尿細管に作用してビタミンDの活性化を起こし、血中カルシウムの上昇作用を担う。


引用:『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年10月15日

易経って知ってますか

易経(えききょう)は占筮に用いられる書物。『周易』(しゅうえき、Zhōu Yì)または単に『易』(えき)とも言う。また儒教の基本テキスト五経の筆頭に挙げられる経典でもある。太古よりの占いの知恵を体系化し組織化し、深遠な宇宙観にまで昇華させている。三易のひとつ。

今日なお行われる易占法の原典であるが、『易経』成立当時の占いは現代の軽さとは大いに趣きを異にして、古代にあっては、共同体の存亡に関わるきわめて重要かつ真剣な課題の解決法であり、占師は政治の舞台で命がけの責任をも背負わされることもあった。

現行『易経』は、本体部分とも言うべき(1)「経」(狭義の「易経」。「上経」と「下経」に分かれる)と、これを注釈・解説する10部の(2)「伝」(「易伝」または「十翼(じゅうよく)」ともいう)からなる。

(1)「経」には、八卦のくみあわせによってできる六十四卦の図象と、その意味について記述する卦辞と、それぞれの卦を構成している6本の爻位(こうい)の意味を説明する384の爻辞(乾・坤にのみある「用九」「用六」を加えて数えるときは386)とが、整理され箇条書きに収められ、上経(30卦を収録)・下経(34卦を収録)の2巻に分かれる。

(2)「伝」(「十翼」)は、「彖伝(たんでん)上・下」、「象伝(しょうでん)上・下」、「繋辞伝(けいじでん)上・下」、「文言伝(ぶんげんでん)」、「説卦伝(せっかでん)」、「序卦伝(じょかでん)」、「雑卦伝(ざっかでん)」の計10部である。

なお、1973年、馬王堆漢墓で発見された帛書『周易』(前漢初期(紀元前200年頃))写本に「十翼」は無く、付属文書は六篇(二三子問・繋辞・易之義・要・繆和・昭力)で構成されていた。